谷口結月は派手な女である。
しなやかな筋肉のついた、くびれるところはしっかりくびれて、出るところはしっかりと主張する、男性に好まれそうなグラマラスな体型。彼女自身もそんな身体に似合う、タイトだったりスリットが入っている、強調を楽しむ格好をする。それでいて性格は竹を割ったようにさっぱりとしていて、女性受けもいい性格だ。化粧の仕方にも詳しく、コンビニの最新スイーツ情報や、コーヒーチェーンショップの新作フラペチーノなどに詳しい彼女は、桐嶺防衛株式会社でも人気の高い社員の一人だ。所属している渉外広報部以外にも、休み時間に彼女のもとへ相談にくるのは老若男女問わない。
そんな結月には裏の顔ももちろんある。生まれ持って恐怖心が薄く、生存本能が壊れている彼女は、銃弾が吹き荒れる現場でもケラケラ笑いながら銃を撃てる。骨が折れようと、内臓を撃たれようと、彼女は笑って仕返しができる女だった。だからこそ、夫である谷口宗一郎は彼女を自分の管理下である桐嶺会制裁部門から外し、局外処理担当に新設したのだ。
正式なルールに乗らない案件を消す、そんな彼女はヤクザ組織の一員という裏の顔も、大手優良企業社員という表の顔も地続きだった。新作のフラペチーノを啜りながら拷問をし、その足でオフィスビルで業務が出来る、そんな女だ。
そんな結月は、関西方面の組織とつながり、桐嶺会に離反しようとした下部組織の制裁に来ていた。男をぼこぼこのたこ殴りにして、何本も骨をへし折り、歯の大半を砕いた彼女は、夫であり上長である谷口宗一郎の指示通り、かろうじて生きているラインで男を生かしていた。今後まともな余生が送れるかはともかく、虫の息でも男は生きていた。死んだ方がよほどましだ、と思っているかもしれないけれども。
来る途中にあったラストオーダー間際のコーヒーショップで、クリスマスホリデー仕様のホイップクリームに、甘くて香ばしいナッツフレーバーを合わせた温かいアメリカーノを買っていたので、それは部下に飲むなよ、と軽く言って持たせていた。渡された部下も、ええ、とドン引きしていた。それはそうだろう。これから制裁を下す予定があるのに、ホイップクリームの乗ったアメリカーノ――それもグランデサイズを買ってくる人間はそうそういない。三次組織まで九条敬司にどっぷり信仰している桐嶺会といえど、谷口結月ぐらいだろう。
ぼこぼこのたこ殴りにし終えた彼女は、部下に預けていたホイップクリームの乗ったアメリカーノを啜る。ナッツの香ばしさがありだねえ、と笑いながら彼女は後処理を部下に指示を出す。テキパキと指示が出されていき、部下たちはそれぞれに与えられた仕事をこなそうと三々五々に散っていく。
明け方までには綺麗な、何もなかった倉庫に戻るだろう。うんうん、と頷いた結月はあとでチェックしにくるからねー、と現場を後にする。
「うわ、さむ!」
深夜に近い時刻であるから仕方が無いとは言え、なかなかに強く、冷たい風が吹き抜けていく。両手で紙コップをぎゅ、と握って暖をとろうとしても、すでに買ってから時間が経っているアメリカーノはかじかみそうになる指を温めるだけの熱量はない。残念そうに肩を落としながら、彼女はこの時間でも営業しているだろうコンビニエンスストアを探す。できればイートインがあると時間が潰せるんだけどな、と呟きながら。
……そんなことがあった翌日。結月は弥世を連れてコーヒーチェーンショップを訪れていた。この限定のやつおいしかったよー、と結月は感想を弥世に伝えると、弥世はゆづきちゃんがいうなら飲む~、とにこにこしている。華やかな外見の結月が、昨晩遅くに暴力を振るい終えてからおいしい、と飲んでいたなんて、店内にいる人間は思いもしないだろう。
わりと華奢で小柄で、目立つ白髪と黒髪のツートンカラーの弥世と、モデルのような長身でグラマラスな体型の結月が一緒に並んで注文を済ませる。できあがりを待つ間、弥世はけーじがねえ、と口を開く。
「んー? なんか言われた? ラテ飲み過ぎだって?」
「そーなの! みよ、そんなに飲んでないのに~!」
「わかる~。みよちゃん、週二回ぐらいじゃん。あたし、下手すると毎日飲むときあるし」
「ゆづきちゃんは飲みすぎ~」
「でもさ~、期間限定のラテってその時期しか飲めないわけじゃん? たくさん飲んじゃうのも仕方ないよね~」
「そうなんだよね~。だって、今しか飲めないんだもん~」
なのにけーじ、あんまり飲み過ぎるなよ、っていうの~。
敬司を意識しているのか、似合わない難しい顔をする弥世に、季節限定のは毎月変わっていくから、どれだけ飲んでも別腹だし、と結月は慰めてやる。そうだよね~別腹だもんね~、とにぱっと明るい顔をする弥世に、そうそう、と結月も笑うのだった。