【こわいくらいすき。】初夏の酒の話

 九条敬司は酒にはうるさくない。
 もちろん好きな味はある。日本酒はさっぱりした辛口が好きだとか、ハイボールは濃いめに作りたいとか、ビールは苦みが強いものであるとか、その程度の好みだ。別に好みのものでなかったとしても、頂き物はありがたく飲み干すし、出されたものは残さない。
 むしろ、そういう好き嫌いにうるさいのは、もっぱら九条の部下である黒瀬惣一だが――彼の場合は文句こそいえど、結局出されたものは全部しっかり文句を言いながら食べるのである。

 ……閑話休題。
 極道者は礼儀を重んじる者が多い。昨今では、どうしてもあがりが悪く、落ちぶれる者が後を絶たないが、それでもこうして季節ごとに贈り物をするところも少なくはない。

「よぉまぁ……まったく、お中元には一ヶ月は早いんちゃうの」

 そう呆れながらも、敬司は部下に送り主にすぐに季節のものを贈るよう手配する。
 この送り主は、自分が酒が好きだから、夏酒を買うのに口実になれ、とこうして敬司に酒をことあるごとに贈ってくるのだ。そして二週間程度間を開けて、味はどうだった、口に合うか、と確認をしてくる。
 今回の酒はなんや、と独り言を言いながら敬司がアルミの保冷袋をあける。冷蔵便で来たらしく、中の箱はしっとりと濡れている。
 箱をあけると、向こう側が透ける緑色の一升瓶。貼られたラベルは、シンプルに商品名のみ。純米吟醸、と書かれたそれは、何年か前に敬司がこれは好きだと伝えたものだ。

「ええ趣味しとるやん。これは弥世も気に入っとったな」

 このおさけすきかも〜。
 にへらぁ、と幸せそうに笑っていた弥世を思い出し、敬司は箱の中に一升瓶をしまい直す。敬司は弥世が来たら教えてやるか、と箱を執務室に備え付けてある小型の冷蔵庫にしまう。ぱたん、と冷蔵庫の扉を閉めるのと、ほとんど同時に扉がノックされる。
 誰や、と敬司が口を開くよりも早く、大きな扉が開かれる。隙間から見えたのは、白い髪と橙色のたれ気味の大きな目。敬司からすれば、自分が許可を出すより先に扉を開けるのは弥世しかいないので、予想がついていたのだが。
 弥世は真っ白にブリーチした前髪と後ろ髪を揺らしている。今日はサイドの黒い髪をお団子にまとめているので、なんとも不思議なものである。弥世といえば黒髪だけツインテールにした姿が見慣れているのもある。
 敬司より三十センチほど低い位置にある小さな顔が、きらきらしながら敬司を見上げてくる。敬司の普段かけているサングラスのない顔に対して、かっこいー、と言いながら彼女は敬司に抱き着いてくる。柔らかいふにふにした矮躯が、筋肉で覆われた体にまとったスーツ越しに伝わってくる。ほーけ、と言いながら弥世の尻のあたりに右手を伸ばして、スカート越しに触ると、えっち~、とむふむふ笑いながらまんざらでもない声色が返ってくる。

「なぁにがえっち、だ。俺に尻揉まれるんが好きやろが」
「違うよ~。みよはねえ、けーじに触られるのが好きなのー」
「ほーけ」

 弥世を抱えて、敬司は応接セットのソファーにどっかりと座る。黒い革張りのソファーは、きしむ音一つ立てずに二人分の体重を受け止める。弥世は敬司のしっかりしたふとももに乗り上げて、彼の首筋にすりすりとすり寄っている。そんな弥世を片手で頭をなでながら、敬司は先ほど届いた日本酒のことを思い出す。

「弥世」
「ん~?」
「お前、前に好き言うとった日本酒、あったやろ」
「ん~? どれだろ~」
「ほれ、竜興の兄さんが贈って来た夏のやつ」
「んあ~……あー! あの折り紙みたいな名前のお酒~」

 弥世が思い出した、ときらきらした顔で言う。近いようでちょっと遠い名前で憶えられている酒に苦笑しながら、敬司はあれ好きやろ、という。弥世は目を細めて好き~、とんふんふ満足そうに笑う。
 
「おりがらみ、な。あれ、また贈ってきたから、飲むか」
「のむのむ~! あれね~、けーじがいつものむのと違って、きりっ! ってしてなくて、みよすき~」
「あのきりっとしたところがええんやろ……まあ、弥世にはちっとばかし早いか」
「ぶー! みよ子どもじゃないもん~!」

 みよはピーマンもゴーヤも食べられるもん~!
 頬を膨らませて大人アピールをする弥世に、そういうところが子供なんやろ、と敬司は喉を鳴らして笑う。節くれだった太い指先で、弥世の小さく形のいい鼻先をむに、とつまむと、なにするの~、と弥世は面白いように頬を膨らませて抗議をする。それが面白くて、敬司は彼女の鼻を開放しながら声をあげて小さく笑った。

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