【神鳥邸の午睡】イースターエッグと春の食材の話

 美鶴は現在住んでいるタワーマンション、桜崎グランフォレストタワーは意外と季節行事に積極的に参加する家庭が多い。近所に季節イベントにあやかっての商売が多い商店街があるからかもしれないが、マンションのエントランス部分には季節の小物が目立ちすぎない程度にはおかれていたりする。美鶴も仁科も、管理人と有志の住人達のグループ「季節の飾りつけ係」に参加している。
 今月は春だから、と飾りつけ会議――という名目のもと、マンション一階にある多目的ホール・ハナミズキでのお茶会をしていた。

「春っていっても、桜? 桜じゃありきたりじゃない?」
「そうよねえ。でも、春っていったら桜ぐらいしか思いつかないわねえ……あとはお花見?」
「やだもう。それは桜じゃない。それか梅よ」

 そんな会話のなかで出てきたのが、イースターだった。プラスチックの卵なら、子どもが遊んでも壊れないし、軽くて丈夫だ。多少かさばるものではあるが、エントランスの片隅を彩る程度なので、別に大した量ではない。管理人のマダム曰く、七夕の笹よりマシ、という話だ。
 飾りつけ係が各自で卵を調達して、飾りつけをするという話になり、美鶴はさっそく近くのワンコインショップに向かう。店主にプラスチック製の卵のような形をしたものを探しているといえば、ちょうどそろそろ季節だから出してるよ、と売り場を案内される。そこには大小さまざまな色とりどりのプラスチックの卵があった。中を開けることができるものもあったが、エントランスで飾るのなら、あかないもののほうがいいだろう、と考えた美鶴はころんとしたきれいな卵たちを手に取る。
 ベーシックに白いものから、色とりどりのパステルカラーまで様々な選択肢がある。美鶴は少しだけ考えて、パステルブルーと白い卵を選ぶ。絵具や絵筆は実家から持ってきたので(持ってくるときに、イースターエッグを作るのだと話したら、工芸館からより細く、細かな絵を描くのに適した筆と、工芸館が使用している絵具を提供された)あとはどのようなイラストを描くかをデザインするだけである。
 ……そして美鶴は、ぱかりと中を開けることができるタイプの卵をひとつ手に取る。ちょうどその卵は小さめの美鶴の手にほどよい大きさで、中には一口サイズのチョコレートなどが収まりそうな広さがある。黒っぽい色の卵を一緒にかごに入れて、美鶴は会計を済ませる。
 楽しそうにエコバッグに卵たちを入れて店を後にした美鶴は、店の外で待っていた仁科と合流する。仁科は商店街を美鶴と歩いていたが、道中で店の飾りつけの手伝いをしてもらえないか、と頼まれたのだ。仁科としては美鶴の警護が一番優先される仕事だったために、買い物にいく彼女を一度自宅まで送り届けてからなら、と言おうとしたところ、美鶴がどのぐらいの時間かかりそうか尋ねたのだ。ものの数分程度だというものだから、美鶴がひとりでもお店にいけるから、と言い張るものだから、仁科はしぶしぶ美鶴の命令(彼女本人はそんなつもりはないのだろうが。そして仁科の代わりに散策していた、喫茶店でアルバイトとしても働いている警備部門の隊員が、仁科からのアイコンタクトを受けて美鶴の警護に当たっていた。彼女は今日は喫茶店のアルバイトは休みだったので、商店街の散策という名の私服での巡回警備をしていた)に従って店先の飾りつけを手伝っていたのだ。
 仁科と合流した美鶴が、お待たせしました、と言いながら仁科の持っているエコバッグをみる。A3ファイル二冊と二リットルのペットボトルが四本を縦積みできるという特大サイズのエコバッグを愛用している仁科だが、美鶴と離れるまではその中に何も物が入っていないはずだった。しかし、今は黒いシンプルなエコバッグには何やら物が入っているように見える。
 美鶴がそれを尋ねると、仁科は無表情なのに、少しだけ眉尻を下げたように見える。彼曰く、ほかの店舗の飾りつけを手伝っていたところ、いろいろとお裾分けされたらしい。中を見ると、旬の食材や花が入れられている。たけのこ、新玉ねぎ、菜の花、春キャベツ、スナップエンドウ、ゴボウ。そしてイチゴにマンゴー、グレープフルーツと色鮮やかだ。どうやら八百屋の店主は気前よくいろいろと渡してくれたらしい。

「今度お店に行ったら、お礼しなくちゃね」
「はい」
「……今日のお夕飯はどうなりそう?」
「たけのこのマヨネーズとの味噌田楽、菜の花とタコのオイスターソース炒め、スナップエンドウの豚肉巻き、はいかがでしょうか。グレープフルーツとイチゴのスムージーでしたら、間食として提供もできます。後日いちごとグレープフルーツのゼリー、マンゴーとグレープフルーツの二層ゼリーを用意できればと考えています」
「ふふ、春のメニューでいっぱいね。スムージーも飲みたいかな……ゼリーも楽しみ」
「腕によりをかけて作らせていただきます」
「そんなに張り切らなくたって、貴臣さんの作るものはなんだっておいしいのに」
「食材がいいからでしょう。この商店街では、鮮度のいい食材が安く入手できます」
「食材もよくて、貴臣さんがお料理上手だからかしら。わたし、前より熱を出さなくなった気がするの」

 元気になったでしょう?
 そう美鶴がふんす、と自慢するようにガッツポーズを両手でかわいらしく作るものだから、仁科は無表情の奥にある理性が崩壊しそうになる。かわいい生き物がかわいい動きをしている。それだけで男の理性はたやすく崩壊するものである。
 しかし仁科は強靭な理性で、元気になられたのならよかったです、というだけにとどめる。美鶴は彼の内心の激流など知ったことではないので、これからもおいしいご飯を作ってね、と仁科の隣に寄り添って、タワーマンションに向かって歩き出すのだった。

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