この世界には、男女の性差の他にα、β、Ωと呼ばれるバース性がある。
αは数は少ないものの、総じて優秀と呼ばれることが多いが、Ωの出すフェロモンで性的興奮を呼び起こされて事件を起こす存在も多い。βはΩのようにフェロモンを発することもなければ、Ωのフェロモンによって性的興奮を呼び起こされることもなく、多くの人間が存在している。Ωはα同様に数は少ないが、男女問わず子を宿す事が可能で、性的興奮を呼び起こすフェロモンを出すことができる。Ω自身、ヒートと呼ばれは発情期間がある。
バース性は二次性徴とともに判明していくことが多く、ほとんどの高校で検査を受けることになる。世間に明言することは少ないが、Ωのヒート期間の特別休暇や社会保障などがあるので、所属先には明らかにすることが多い。
そして、MADTRIGGERCREWは卓越したラップスキル、彼らの美貌や上位に立つ人間としての立ち振る舞いから、明らかにしていないだけで全員αなのだろうとファンやアンチたちは思っていた。実際にはαなのは理鶯だけで、銃兎はβだし、左馬刻に至ってはΩである。それでも銃兎はそこいらのαよりもはるかに優秀で(本人曰く、フェロモンに左右されないのはアドバンテージですよね、だ)あるし、左馬刻もヒート期間もフェロモン量も自分で操作できる稀有なΩ(通常Ωは自分でヒート期間やフェロモンを意識して操作することは不可能とされている)であるから、そこいらのαより二人とも非常に優れている、と理鶯は思っている。
そんな彼らはすったもんだの諸々があって、左馬刻に子どもを産ませたのだ。理鶯によく似たオレンジ色の髪に左馬刻の赤い目をした少年・弓馬(ゆうま)、左馬刻の白い髪に銃兎の緑色の瞳を持った少女・藪雨(やぶさめ)の二人は三つ離れた仲の良い兄妹だ。
理鶯譲りの凛々しい顔立ちの弓馬も、左馬刻によく似た美しい顔立ちの藪雨も、お互いに誰に似たのか、のんびりしたマイペースな子どもだった。今年小学校に上がった弓馬は、学校でできた友達と外に遊びに行き、帰りに保育園に妹を理鶯と迎えに行くのが日課だった。
はじめての冬休みを迎えた弓馬は、藪雨にひらがなやカタカナを教えながら宿題をこなしていた。今日も宿題をしては妹と絵本を読んでいた彼は、理鶯が大きな段ボール箱を運び入れてきたことに気がつく。藪雨も兄が絵本を読むのを中断したので、つい、と顔を持ち上げて理鶯を見る。理鶯が運び入れてきたのはクリスマスツリーの写真が書かれた縦に大きな箱だった。
「クリスマスツリーだ!」
「クリスマスツリー……?」
「うむ。小官はツリーを出すので、飾り付けを頼めるだろうか」
「はーい! やっちゃん、ツリーはね、きらきらさせるんだよ」
「きらきらするの?」
「するんだよ〜」
理鶯は子どもたちののんびりしたやりとりを聴きながら、微笑ましい気持ちを胸に抱きながらクリスマスツリーを箱から取り出す。昨年も活躍したツリーは大きなもので、理鶯ほどではないが銃兎の背丈近くある。
理鶯が飾り付けのオーナメントたちを子どもたちに渡してやると、弓馬はキラキラした青色のボールを藪雨に渡す。藪雨の小さなふくふくとした両手に収まったそれを、彼女は目線の高さに持ち上げては興味深そうにじいっと見ている。右に左に手の中でボールを転がすと、きらきらしたそれが光を反射するのが面白いのだろう。
子どもたちがせっせとオーナメントをツリーに飾り付けをしている間、理鶯はスマートフォンを開く。クリスマスから年末年始にかけて、どうしたって警察も極道も忙しい。馬鹿騒ぎする阿呆どもをしょっぴいたり、しばきあげたり、時々簀巻きにしたりして治安を維持している彼らでも、かわいい子どもたちのために意地でも家に帰るつもりだった。そのために、子どもたちは今何をしているかを理鶯は定時報告しているのだ。藪雨を抱えてちょっと高いところに飾りをつけようとする弓馬の写真を理鶯がグループチャットに載せると、すぐさま既読がつく。
仕事に明け暮れる彼らがこれで休まればいい、と理鶯が思っていると、弓馬がりおぱぱー、と呼んでくる。理鶯がどうした、と近づくと、藪雨がツリーに飾る星を持っていた。
「りおぱぱ、やっちゃんにお星さま飾ってもらいたいんだけど、僕だと背が届かなくて……」
「なるほど、承知した」
んー、と両手を理鶯に伸ばしている藪雨を抱え上げ、理鶯は彼女がツリーに星を乗せるのを手伝ってやる。ちょこん、とツリーのてっぺんに乗った星に満足したらしい藪雨をおろしてやると、弓馬とともに満足そうに笑っている。どうやら、二人はオーナメントを入れていた箱から飾り付けをしただけではないらしく、左馬刻や銃兎、理鶯を模した小さなぬいぐるみもツリーにくくりつけたらしい。
それに理鶯が気がついたと察したらしい藪雨が、ぱぱたちもかざるの、ともにもにと満足そうな顔で理鶯の迷彩服にくっついてくる。そうか、と理鶯が頷くと、藪雨はおそるおそるといった様子で理鶯を見上げる。
「じゅとぱぱも、さまぱぱも、今日かえってくる?」
「ぱぱたち、ばんごはん一緒じゃないから、さみしいね、ってやっちゃんと話してたの」
「そうだな……ふたりとも、この時期は忙しいからな……」
「そっかあ……」
「……二人が帰ってきたときのために、食事を用意しよう。弓馬と藪雨も手伝ったと知ったら、二人ともとても喜ぶと思うのだが」
今日はネズミ肉の唐揚げとサラダを作るつもりだ、と理鶯が話すと、弓馬も藪雨も目を輝かせる。弓馬が、僕の仕掛けた罠の、と尋ねると、理鶯は一つ頷く。
「ああ、弓馬が仕掛けた罠にかかったネズミ肉だ。左馬刻も銃兎も、弓馬が捉えた獲物だと知ったら喜ぶだろう」
「えへへ、そうかなあ」
「ああ。小官は調理の準備をするので、弓馬と藪雨はスマートフォンで二人に夕飯について連絡をしておいてほしい」
ロックを解除したスマートフォンを子どもたちに手渡した理鶯は、そのまま冷凍庫から血抜きと内臓を抜いて冷凍保管しておいたネズミ肉たちを引っ張り出す。そんな父親を見ながら、手渡されたスマートフォンで家族のグループチャットを開いた弓馬は、今日の夕飯は一緒に食べたいことと、夕飯はネズミの唐揚げであること。そして、そのネズミは自分が捕まえたことを書き込む。それを見ていた藪雨が、おにいちゃんあれ、とツリーを指さす。そうだね、と弓馬はスマートフォンでツリーを写真に収めると、それもグループチャットに投稿する。投稿されたツリーには、並んで飾り付けされた左馬刻、銃兎、理鶯のぬいぐるみが映っていた。